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2013年5月15日 (水)

箸墓古墳から大神神社へ

万葉の二川先生のガイドで、山の辺の道、万葉故地、史跡めぐりへ行ってきました。

巻向の駅に集合し、纏向遺跡ー箸墓古墳ー国津神社ーホケノ山古墳-慶雲寺ー桃畑展望台ー井寺池ー檜原神社ー玄賓庵ー神武天皇聖狭井河之上顕彰碑ー狭井川ー柿畑展望台ー狭井神社ー磐座神社ー大神神社のコース、万葉歌碑を巡り先生の歌われる万葉歌を聞きながら山の辺の道を巡りました。

Img_1854

箸墓古墳。

全長280メートルの前方後円墳です。

日本で最初に築造された巨大前方後円墳だそうです。

Img_1862 井寺池に映る、逆さ三輪山

ここにも多くの歌碑が、建立されている。

川端 康成氏の揮豪も池の畔に建っていた。

Img_1857

今日は最高の空。

鶴が飛んでいるような雲。

薄い薄い絹のような雲。

桃の木展望から望める、耳成山と畝傍山、左端に香久山が少し見える。

その昔、香久山と耳成山が、畝傍山に恋し、お互いに争ったという話がある。

姿形の良い、耳成山が勝ったとか?どうとか?

大海人皇子 :香久山は、畝傍山ををしと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古も然にあれこそ うつせみも 妻を争うらしき

Img_1870

山の辺の道、ここはよく絵葉書になってまあす。

我が家からは近く、何度も足を運んでいる所も有るのだけれど、説明を聞きながら歩くと、より詳しい事を知ったり、違う発見があったりと、初めて訪れる地の様な感じがします。Img_1872

柿の展望台から見る大和三山。

右は、耳成山、畝傍山左に香久山を望み、彼方に二条山、葛城山、金剛山、高取山、金剛山の左に和歌山と連なっている。

古事記:やまとは くにのまほろば たたなづく青がき山ごもれる 大和しうるわし

とうたわれている青い垣根のような山々は、ここからの眺めの様な、もの。

Img_1875 今日の最終の三輪、大神神社。

後ろの三輪山をご神体とする、古代の自然信仰の形を残す、我が国最古の神社。

ここにも多くの 話が残されている。

柿本人麻呂:わが衣色にそめなぬ うまさけ三室の山はもみちしにけり

Img_1877 ここには、白蛇さんが住んでいると言われている。

御利益があると言う、兎さんを撫でて、今日のコースはおしまい。

神社の鳥居の見方や、灯篭の建立された時代を知る見方等、知ることによってより楽しさが増します。

その物たちが出来た周りを考える事は、ワクワクと楽しいものです。

何年に建立されたとか、歴史を耳から聞くと直ぐ頭から無くなってしまうけれど、それらを考える元を聞くことによって、年代とかを知ると頭の片隅に残っているし、そこから又想いが現れてきて面白いもんですね。

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